薬物証拠の種類
薬物鑑定における証拠は、バルク(一括)証拠 と トレース(微量)証拠 の2種類に分類される。
• バルク証拠:押収された不正薬物、錠剤、カプセル、不審な液体など、比較的量の多い試料を指す
• トレース証拠:生体試料(呼気、尿、血液、毛髪、唾液)、薬物使用器具(注射器、包装材)、密造ラボの設備、衣類など、微量の試料を指す
バルク試料の鑑定ステップ
バルク試料の分析はおもに3ステップで行われる
ステップ1:目視分析
• サンプルの状態(固体、液体、懸濁液)、色、特徴的な印、製造者のマークなどを確認する
注意点: ヘロインの色が希釈剤(糖分やカフェイン)に由来する場合や、クラックと粉末コカインのように化学構造の違いで見え方が異なる場合があるため、正確な記述が重要!
ステップ2:呈色試薬を用いた予備試験
主な試薬と反応対象
• Marquis(マルキス試薬): アヘン剤、アンフェタミン類など、幅広い薬物に反応し、色の変化で識別
• Dille-Koppanyi: バルビツール酸系(鎮静剤)に反応し、ラベンダー色を呈す
• Scott's: コカインの検出に使用
• Duquenois-Levine / KN: カンナビノイド(大麻類)の検出に使用される
注意点:主観的な判断が必要で、混合物の特定ができず、証拠能力としては不十分なため、確定診断には至らない!
※実習で使った試薬:Marquis, Mecke, Mandelin, Nitric, Iron(iii) Chloride, Dille-Koppanyi
ステップ3:確定試験
予備試験の結果証明のため、高度な分析を使用する
• 主な手法: NMR分光法、赤外分光法(IR)、GC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)、HPLC-MS、X線回折など
トレース試料の特徴と欠点
• 血液: 最も有用だが、採取には専門家が必要で、検出期間が短いのが難点
• 尿: 最も一般的で安価だが、プライバシーの問題や、改ざんの可能性がある。主に薬物の「代謝物」を検出する
• 唾液: 採取が容易で改ざんも難しいが、薬物濃度が低く、大麻などの一部の薬物は蓄積されにくい
• 毛髪: 長期間(数年単位)の薬物使用履歴を確認できる優れた指標だが、環境汚染や遺伝的な影響を受ける可能性がある
※ 実習で行った血液検査(1mL)の手順(GC-MS準備、液体界面抽出法:Liquid-Liquid Extraction)
1. 中性物質の抽出:血液試料に3 mLのジエチルエーテル(溶媒)を加え、チューブの蓋を閉める。ボルテックスミキサーを使用して60秒間慎重に混ぜ合わせる。これにより、中性物質がジエチルエーテル層に抽出される。
2. 酸性物質の抽出 :チューブに0.025Mの塩酸水溶液1 mLを加え、蓋をしてさらに60秒間慎重に混ぜ合わせる。この工程により、酸性物質が確実にジエチルエーテル層へ抽出される
3. 遠心分離 : 試料を低速(約800 × g)で5分間、遠心分離にかける。
4. 溶媒の揮発 : パストゥールピペットを用いて、ジエチルエーテル層(上層)を清潔な中サイズのサンプルチューブに慎重に移し替える。これをヒーティングブロック(約60℃)に入れ、溶媒を蒸発させる。※この際、バイアルの蓋は絶対に閉めないこと!
5. 再溶解 : 残った残留物(乾固物)を200 μLのメタノールで再溶解させる
― 5でできたサンプルは薬物の特定に使われる
6. 残渣を、DCM 200 μLおよびBSTFA 100 μLに再溶解する。
7. バイアルにキャップを閉め、加熱ブロック内で70°Cで20分間加熱する
8. バイアルを加熱ブロックから取り出し、室温まで冷却する
― 8でできたサンプルは定量測定のために使われる。これは正確な薬物濃度を調べるためにはBSTFAを用いて薬物を誘導体化する必要があるからである。
薬物の種類と鑑定
コカイン
• 予備試験
Scott試験 (Scott Test): コカインに特異的な呈色反応。
手順:
1. 二塩化コバルト溶液を加える → 青色に変化。
2. 濃塩酸を加える → ピンク色に変化。
3. クロロホルムを加えて振る → クロロホルム層(下層)が再び青色になれば陽性。
• 確定試験
GC-MS:最も標準的な方法。不純物や希釈剤(糖類、局所麻酔薬など)との分離が可能。
FT-IR:塩酸塩(粉末)とフリーベース(クラック)の化学構造の違いをスペクトルで明確に識別できる。
• 生体試料からの検出(代謝物)
コカインは体内で非常に速く代謝されるため、生体試料(血液・尿)からは未変化体よりも代謝物をターゲットにする
主な代謝物
ベンゾイルエクゴニン (Benzoylecgonine)
― コカイン自体の半減期は約1時間と短いが、ベンゾイルエクゴニンは使用後約2〜3日間は尿から検出可能
エチレンコカイン (Cocaethylene)
― アルコールとコカインを同時に摂取したときにのみ肝臓で生成される特殊な代謝物。毒性が強く、法医学的に重要な指標となる
ヘロイン(アヘン(ケシ)から抽出されたモルヒネ)
• 予備試験
Marquis試験(マルキス試験): 試薬を加えると、即座に紫色(深紫色)に変化する。これはアヘン系アルカロイドに共通の反応。
Nitric Acid(硝酸)試験:ヘロインの場合、黄色から緑色へと変化する(モルヒネの場合はオレンジから赤)
• 確定試験
GC-MS:混合物からヘロインを分離し、分子量と断片化パターンから特定
FT-IR:ヘロイン特有のアセチル基の結合(エステル結合)を確認できる
• 生体試料からの検出(代謝物)
ヘロインは体内に入ると非常に速く(数分以内)分解されるため、法中毒学的な鑑定では「何を検出するか」が重要になる!
• 尿: 主にモルヒネやその抱合体を検出(使用後約2〜3日)
• 血液: 6-MAMを検出できる可能性があるが、窓口は非常に短い
• 毛髪: 数ヶ月にわたる長期の使用履歴を確認するのに有効
不純物と希釈剤
押収されたヘロイン(バルク試料)には、製造過程で残った不純物や、カサ増し目的の希釈剤が含まれる。
• 不純物: 6-MAM(不完全な反応による)、アセチルコデイン、ノスカピンなど。
• 希釈剤(切剤): カフェイン、糖類(ラクトースなど)、パラセタモールなど。
大麻(Cannabis)
• 植物学的鑑定(形態観察)
大麻は植物そのものが証拠となるため、まずは顕微鏡などを用いた形態的特徴の確認が行われる。
嚢状毛(Cystolithic hairs): 葉の表面にある、小さな「角(ツノ)」のような形の毛。根元に炭酸カルシウムの結晶を含んでいるのが特徴。
腺毛(Glandular hairs): 薬理成分であるTHCを多く含む樹脂(レジン)を分泌する毛
• 化学的予備試験(呈色試験)
Duquenois-Levine(デュケノア・レバイン)試験:試料にデュケノア試薬(バニリンとアセトアルデヒドを含むエタノール)と塩酸を加え、最後にクロロホルムを加えて振る。下層のクロロホルム層が紫色に変化すれば陽性。
Knock(KN)試験:Fast Blue B saltという試薬を用いる。赤~赤紫色に変化
• 確定試験
GC-MS:最も標準的な方法。ただし、GCの注入口(高温)で、熱に弱いTHC酸(THCA)がTHCに変化(脱炭酸)してしまう
HPLC:熱を加えないため、THCAとTHCを区別して定量分析するのに適している
TLC(薄層クロマトグラフィー):安価で迅速な分離法として、スクリーニングに使用される
• 生体試料からの検出(代謝物)
大麻の主成分THCは脂溶性が高く、体内に長く留まる性質がある
• 血液: 使用直後は高いが、数時間で急減する(直近の使用証明に有効)
• 尿: 代謝物(THC-COOH)を検出。数日から、常習者の場合は1ヶ月近く検出されることもある
• 毛髪: 数ヶ月にわたる長期の使用履歴の証明に有効
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